「『親に対し』を 子も見てるのよ」

今日のイーゼル再掲です。“ものずきや におわぬくさに とまるちょう”うーんきょうび、余計にしみる詩だ。
「まあー、富ヶ谷も久しぶりだわ。山登りの練習で、うちから良く歩ったものよ。こっち周りも、明治神宮周りもね」「まあ、すてき」「このへんはなだらかでいいわよね」
ニュースで放映される景色も、そこを目掛けて全国から人が集まるスポットも、地元の方にとっては近所。普段着なんですね。「後から来る人はわかんないでしょうけど、建物はずいぶん変わってるのよ。でも並木はおんなじ、代々木公園の刈り込みもおんなじ。変わらず綺麗で落ち着くわ」

「ここらへんまでが、私の庭でございます(笑)なんて言っちゃって。子供はね、学校があったからもう少し先まで知ってるわ。あの時も‥あら、また私だけ話しちゃったわね。でも、そういう思い出って忘れないものよ」まるで昨日のことのように、在りし日を教えてくれます。「あなたのお母さんもそうよ。子供とのことは忘れないものよ」

そんなもんですかねえ。「そうよ、絶対そう。口では何と言っていてもね、後で絶対、思い出したくなるものよ。もしかしたら、その日が来た時に思い出すのが、それかもよ?」

‥その日?

話に出てきた「その日」が

何の日なのか。ほんとはすぐに気づきましたが、とぼけてしまいました。

こういう仕事に就いていて、ううん、こういう仕事に就いてるからこそ。考えてないことって、あるかもね。

「いつまでもいると思うな」ってことですかね。

「まあ、そこまでは言わないわ。でも私は、あなたが今していることはとても良いと思うわ。そういうあなたを、下の子達も見てますからね。そうやってつながっていくのよ」

‥そっかあ〜。下の子達、かあ〜。

夢が「枯野」をかけ回るまでにやんなきゃいけないこと、たくさんありますね(笑)。心しないと。

ほんと、「お世話」だなんてとんでもない。教わることの、きりのないこと。

ところでそういえば。クローバーグループ、子供の話はみんな喜んでするけど

親の話は‥。「わざわざそんな話、しない」って感じでもないんですよね。買ってもらった、子供預けた、なんて話は良くしてるし‥。

「そうやってつながっていくのよ」か。

あのN