「やったやった」は、いつの時代も?

今朝のイーゼル再掲です。栄光への道のりはさまざまなドラマを生み、そこで生まれた言葉にも響くものが多いですね。「勝ち負けではない」これも
勝った人が言った時にこそ、響く言葉なのかな。

「都内にある難読地名」のひとつ

姥ヶ橋。お地蔵様もいらっしゃいます。

「きぬた」

あら!これは早いですね。

難読地名クイズ、さすが

生え抜き精鋭、渋谷区民ぞろい。

「そりゃそうよ、きぬたは有名だもの」※砧は、世田谷区です。

ところで、きぬた って、なに?

「懐かしいわねぇ、あれもやってよく怒られたわー」

なんで?

「きぬたじゃないんだけどね、張り板っていうのがあったのよ。それの上で、こう滑り台みたいに滑ってね、すると着物が破れるじゃない?それをみんなでやるもんだから、もう、大人はカンカンよ」

「そうなんだよねえー。で自分ちじゃなくてよそんちでやるからみんな気楽でさ、張り板あるとこにみんなで集まってやるんだよねえ」

あら?

「そうそう!自分ちじゃないから気楽なのよね。いやー、怒られた怒られた。みんな好き勝手やってたわ」

あらら?

あれ?もしかしてその表情は

「はい、やりました。私も常習です」

「やっぱりー!みんなやるよねえー」

‥知ってはいましたが、さすがクローバー広尾ゲスト。

揃いも揃って女傑ばかり。

でも、本音は「なーんだ」って感じ。

みんな同じじゃん。この方々も、私もさ。

世代が違っても、人のあゆみはおのずと

似通ってくる?

あのN